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「自分を変えたい」そう思う人にきっかけを。

パニックになりながら道玄坂を歩いた。白紙にもどった。でも、すごく清々しかった。

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忘れられない時間を過ごしたあとの帰り道。
 
酔ったかのようにフラフラと渋谷道玄坂をくだっていった。かるいパニックのようなものになっていたからだ。
 
 
 
 
 
カフェを探した。坂爪さん、みっつさん、参加者の方の話、脳のきおくが薄れる前に紙に書きのこしておきたかったから。そして自分の感情をなにかにぶちまけたかったから。
 
カフェに入り、あったかいカフェオレを注文。
キンキンに冷えた身体をいちど暖めてからいっきにぶちまけた。
 
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いま読もうとしたけど、なんて書いてあるかなかなか読めない。
 
何が正しいのか分かわなくなってきた。人は何のために生きてる?誰かに変に思われないように生きるのか、自分が幸せになるために生きるのか。順番逆なんじゃない?日本は病気。今、何が必要か。坂爪さん、みっつさん、家ない、学歴ない、でもやばい。手ははなせば手はなすほど、いろんな物が入ってくる。それはお客さんが言ってた。GWになぜ何もないとこ(自然)を見に行くのか?なぜ?物を集める。そういう風潮がダサくなってきてる。トートバッグで生活できてる。学歴なくても生きてける。オープンにすれば人は死なない。「米送ってくれ」「泊めてくれ」死なない。助けてくれる。みっつさん、坂爪さんにたどりついた。幸せと言っていた。俺は怖かった。怖かったけど質問した。「れっとうかん感じることないですか?」みっつさん「れっとうかんかんじまくり」難しいけどそれは自分次第。自分が感じるか感じんか。坂爪さん。何が良くて何がダメなのか基準がわからなくなってきてる。金!これ何?この紙きれなに?生きている。金なし家なし生きている。オープンにする。とざせば危ない。会社「いばや」これがあるだけでなんかよい。金はかせがない。興味ない。でもなんか良い。自分で何が正しいか決めて行動してた。でも最近は、とりあえず行動して、動く心を感じて「こう思ってる、こう動いてる」その心の動きを読み取って行動したいる。○○○(僕の友達の名前)、それ本当に友達?友達。多分…お客さん「人のランキングつくってみてベスト10でも1.2がらいとしか付き合ってない大事な物は何かきずいた」世の中「こうじゃなきゃいけない」本当にそう?じゃあ「それが正しいか実践してみてる」家がなくても生きれている。あくまで運が良いだけかも。金がある時はそれを保つぐらいの仕事しか入ってこない。でも金がない時にはドーンっと入ってくる。人は生きてく時に必要なもの良い物バランス、家なくてもたまに寝床で寝て「あーねた」

 

もつめちゃくちゃ。「あーねた」って…
(でもその時のできごとが懐かしくて、愛おしくて、全部書きうつしたくなった)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
脳のきおくをできるかぎり紙にうつしてから、無意識にある行動をとった。
 
バックからiPodを取り出しイヤホンを耳にはめ、普段は絶対に聴かない音楽を流した。
 
青春パンク。銀杏BOYZという、完全にアウトな歌詞の歌ばっかうたっているバンド。
 
自分でもなんでそれが聴きたくなったのか分からなかったけど、なぜかそれが聴きたくなった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
その音楽はいじめられていた高校時代、人生の進路にさまよっていた社会人時代によく聴いていた。
 
その当時、ほんとうにどう生きたらいいか分からなかくてもがいていた。
 
やりたいことはなかったし、人とコミニケーションは全くとれなかっし。
 
死ぬ勇気もないのに「死にたい」とか思っていた。
 
 
だから同じくもがいていた(と思う)バンドの音楽に共感できて狂うほど聴いていた。
 
 
 
 
 
 
でもそんな日々が嫌でしかたなくて、結局しごとをやめ、寝袋やテントを積んで自転車で旅にでた。
 
その旅でたくさんの人に出会い、生きるエネルギーを貰い「死にたい」と思わなくなった。
 
 
そして自分の中で定義のようなものができた。
 
「この定義にそって生きればよい人生を送れる。」
 
 
 
そう思いはじめた頃からその音楽を全く聴かなくなった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
その定義はトークセッションに参加する日までたくさん増えつづけた。
 
こうでなければいけない。こうでなければいけない。こうでなければいけない…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
トークセッションのあと、ほんとうに頭がまっしろになった。書き殴ったメモのいちばん最初にあるように「何が正しいのか分からなくなってきた」状態だった。
 
 
ガラスが粉々に割れたように、今まで自分が正しいと思ってたこと、定義がぜんぶなくなってしまった。
気付いたらスクランブル交差点にいた。びっくりした。(そしてその日にブログ更新した記憶がまったくない)
 
 
 
 
 
白紙。じんせい白紙。
 
 
 
 
 
だからきっと、あのとき自然と銀杏BOYZを聴こうとした。
 
人なにが正しくて何が正しくないのかわからなかった、あの頃のじぶんを思い出して。
 
 
 
 
 
 
僕はいまふりだしに戻った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
昨日、奇跡が起こった。なんと坂爪さん、みっつさんが昨日の記事をTwitterで紹介してた。
 
びっくりするぐらいのアクセス数になったんだけど、それよりもびっくりしたのはその方たちが僕のブログを読んでくれたということ。
 
みっつさんは僕のことを覚えてくれていたということ。
 
同じ日にトークセッションに参加された方が「いつかお会いしたいです」とメッセージをくれたこと。(必ずお会いしたい)
 
記事にコメントを残してくれた方がいたこと。
 
 
 
 
震えた。生きてるって思った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
今は何が正しくて何が正しいのか分からないし、そもそも正しいことはないんじゃないか、と更新されたいばや通信を見て思ったりしてます。
 
 
 
 
とりあえず、またいっぽずつ、正しいとか正しくないとかにこだわらず、相変わらず人との出会いは大切にしつつ、自分の幸せのために生きていきたいと思います。
 
 
 
 
誰に言いたいのかはっきり分かりません。でもいいたいです。
 
ほんとうに、ありがとうございました。