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ターミナルケア(看取り)だったおばあちゃんが亡くなって感じたこと。介護職について良かったと思った。

「○○さん、亡くなったって」

そんな連絡が入ったのは今日の夕方前。仲のいい職員からラインで連絡が入ってきた。


僕はこの日夜勤明けで、一度帰宅して仮眠してから出掛けていた。昨夜からそのおばあちゃんの調子は悪く、朝方にはすでに意識はもうろうとしていた。

そのおばあちゃんは100歳を超え、正直いつ亡くなってもおかしくない状態。いつも肩で息をしているし、耳も遠く、言葉もはっきりとしゃべることができない。

そんな感じのおばあちゃんでも喜怒哀楽は本当にはっきりとしていて、特に喜びと寂しさの感情は、もうこれでもかってくらいに出していた。

そんな、人間くさいところが僕は好きだった。



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ターミナルケア(看取り)だったおばあちゃんが亡くなって感じたこと


「やっぱりか」と思いながら急いで会社に向かうと、待機室の近くには涙を流す職員が何人かいた。僕なんかよりたくさん愛情をおばあちゃんに注いでいた、歳の近い女性職員たち。その人たちの顔をみることはできなかった。


亡くなったおばあちゃんがいる部屋に通され部屋に入ると、そこには今日の朝まで苦しみながらも生きていたおばあちゃんがいた。

ばあちゃんの顔はとても安らかで、その顔をみて悲しい、といういう感情よりも「幸せそうだな」と思った。よく100歳まで生きられました、おつかれさまでしたって。

そこでご家族の方に声をかけられた。「大変お世話になりました」


このかんじ、前にもあった気がする。そうか、おれのばーちゃんが亡くなった時だ。






僕のばーちゃんは1年前のちょうど今の時期に死んだ。6月の梅雨時。

僕にとって初めての身近な人の「死」を体験して、分かってはいたけどあらためて「人は生まれて死ぬものなんだな」と思った。


それからすぐ介護施設に就職したものだから「(身近な人は別として)人の死は当たり前」だった。

僕が就職してから何人かの方が亡くなったんだけど、その場にいなかったからか、不謹慎かもしれないけど、そこまでの悲しみは湧いてこなかった。







部屋を出るとき、ご家族の方にできるだけ深くお辞儀をして部屋から出た。それからある感情が湧いてきた。


「もっと深く、後悔が残らないように接すればよかった」


死は当たり前だと思っていたから涙は出ないと思っていた。でも車に運ばれていくおばあちゃんを見ていたら、泣いてしまった。



103歳。本当におつかれさまでした。















おばあちゃんが気付かせてくれたことがある。


まず、「人がいつか死ぬことは当たり前。だけど当たり前ではない」ということ。言葉でうまく言い表せない。けど、そういうこと。
今までの僕は「人がいつか死ぬことは当たり前」という考えで止まっていた。そこで考えるのをやめていた。


今後利用者の方たちとの接し方が変わってくると思う。忙しく気持ちに余裕のないこともあるけど、そんな気持ちをもって接していきたい。

どんなに接したって後悔は残るかもしれない。でもその後悔をできるだけ小さく、「この方と深く接することができた」と心から思って最期を見届けたい。





最後に。

このようなことをいうのは亡くなったおばあちゃんやご家族の方に失礼かもしれないが、今日僕はこう思いました。


この仕事に就いてよかった。




これからもこの仕事を続けるかはわからない。一生定年までこの仕事を全うするかもしれないし、もしかしたら別の仕事に就くかもしれない。

でもこの仕事を続ける限りは、最期に「深く接することができた」と思えるよう、生と死の意識を心のどこかで持ちながら、この仕事をやっていきたいと思います。


おばあちゃん、ありがとう。