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「頑張らない」生き方は本当に正しいのか?

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「頑張れ!」という言葉があるじゃないですか。いい言葉に見えて結構たくさんの人から嫌われてる言葉。

僕も正直あまり好きではありませんでした。「もう頑張ってるよ」って。(大して頑張ってないんだけど)

でも、10年ぐらい前、僕らがまだ学生の頃は「頑張れという言葉はそこまでの嫌われ者じゃなかったと思います。


昨日も友達と電話して切り際に「明日も仕事頑張ってね!」っと言ったんですが、そのあと「いや、やっぱ頑張らなくていいよ」なんて言いなおす自分がいました。

で、そのあと心のどこかにかすかなモヤモヤが残った。「やっぱ頑張れでもいいんじゃね?」って。


「頑張らない」という生き方は本当に正しいのか?

「頑張んなくていいよ」という言葉に物凄く救われる時もある。

この間ある友達と電話をしました。ここ数年会えてないけどバイト先の小さな島で、短いけど濃い時間を共に過ごした友達。その人は僕のことを弟のように心配してくれる、僕にとってお姉ちゃんのような人。


この間久々に電話した時に「こういうことがあって落ち込んでるんす」なんて話したら「もう頑張んなくていいよ!」「自分に甘くていいよ!」なんて言葉をかけてくれました。


その時すごく心が楽になりました。「あ、もっと自分に甘くしよ」と思えて心がだいぶ軽くなった。

そう、そんな感じでめちゃくちゃ救われることもあるんです。「頑張んなくていいよ」って言葉に。

だから「頑張れ」という言葉が嫌われる理由もわかる。


「頑張らない」という言葉を流行らせた松尾スズキさん

ある本を読んで知ったけど、「頑張らない」という言葉が流行ったのは20年も前だそう。(あれ?じゃあ僕が小学校にあがるころにはもうその言葉が浸透し始めてたんだ。)


この言葉を流行らせたのは松尾スズキさんという方。名前は聞いたことあったけどウィキペディアで調べてみたらすごい数のドラマや映画に出演されてました。


しかし「頑張らない」という言葉を流行らせた松尾スズキさん。彼と共に仕事をしていたある方の本を引用すれば

側で見ている限り、実は頑張るタイプの人間だということだ。「頑張る」ことの大切さを知っていながら「頑張らない」と主張した。


ということだそう。少しズルいと表現していました。

「頑張らない」と主張したことで「頑張らない」という言葉を盾に墜落をひけらかす人が増えてしまったように思う


なるほど。それでこの言葉が嫌われ者になってしまったのか。

あらためていう頑張らない生き方だけが本当に正しいのか?


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「頑張れ」という言葉に元気をもらうことも確かにある

その言葉が暴力にあるか励ましになるかは、声をかけられる人の状況にもよるのかもしれない。

例えば充分頑張ってる人に「頑張れ」なんて声をかけても「もう頑張ってるよ」と思うのは当たり前だし、その言葉が時に人を傷つけることもある。

そして松尾スズキさんのように多方面で活躍してる人に対して「それは頑張るとか努力してるとかじゃなくて、ただ好きなことに夢中になった結果だ」
という意見も物凄く分かる。


でも僕は「頑張って!」という言葉に元気をもらえることが確かにある。仕事で夜勤にはいる時、日勤者に「仕事頑張って」と声をかけられれば「よっしゃ!がんばろ!」って気持ちになれる。

ようはその人の言葉の受け取り方。「無理しないでね」も「頑張ってね」もその人への思い、という点では同じだ。まぁ、言葉次第で励みになったり傷をつけちゃうのが「言葉」なんだけど。


時にその言葉がしんどく感じることもあるけど、全部がぜんぶ「頑張れ」という言葉は悪じゃない気がする。僕はひどく落ち込んでる時以外は「頑張れ」と言ってほしい。


「一緒に頑張ろう」と言われたらなお嬉しい。


電話で話した友達が最後に「生きてればそれでいいんだよ」と言ってくれました。

ホントそうだ。働いてようがなかろうが、大切なパートナーがいようがいなかろうが、バカであろうがそうでなかろうが、生きてればそれでいい。


ただ、それを心の底から分かったうえで頑張って生きれたらな、と思います。