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「自分を変えたい」そう思う人にきっかけを。

イケダハヤトさんのツイートと小野美由紀さんの「傷口から人生」

ふと感じることがあったのでメモ。これ、完全に備忘録。「じゃあ日記に書けよ」って話なんだけど、誰かに共感してもらえたら嬉しいな、なんて思ったので書きます。


僕は特別な人間になりたい



僕は思春期を迎えた頃から「自分は人とちょっと違う人間なんだ!」と思ってました。バカみたいだけどホントです。学生時代は人があまり聴かない音楽や本を好んでは「俺は人とは違う人間なんだ!」と自分に酔っていました。


歳を重ねるごとにその感覚は薄れるどころかどんどん大きくなっていて、「人見知りなのにもかかわらず目立ちたがり屋」というめちょっとやっかいな人間になっていきます。


でも僕が自分をたたせているのは「人と違う」ということ。他人と比べて初めて自分の価値が分かる。言い方を変えると他人と比べないと自分の価値が分からない。


心のどこかでは自分がなにも持ってないのは分かってる。だから僕は特別な人間になりたいとずっと思ってました。



小野美由紀さんが書かれた「傷口から人生」という本の一説

「自分は人に馬鹿にされている」と思う人間ほど、特別な人間になりたがる。そうなると、その思いはどんどん膨らんで、自分を認めない人間を恨む。同時に、自分が他人を馬鹿にすることに対して、鈍感になる。他人と同時に自分を叱責していることに、気付かなくなる。


特別な人間になりたがる人は自分に自信がなくて自己肯定感の低い人間だ。そういう人間は本当に無意識に他人をバカにする。


うすうすそんな自分に気付いていたのですが、見てみないふりしてました。





昨日、こんな言葉を見た。









www.ikedahayato.com



なんとなくこの一連のツイートを読んで、自分はプライドが高いんじゃないかと思った。


いや待て!自分にプライドなどあるのか?プライドなんて持った覚えはないぞ!むしろ自分はプライドのない人間だぞ!


ここで府におちた。



「自分は特別な人間だ」という、よじれたプライドだ。


自己肯定感の薄くて人と比べなきゃ自分の価値がわからない自分のよじれたプライド。


小野美由紀さんが書いたことはこのことだったのか。








府におちて数日後、僕が所属する和太鼓チームの練習に参加したんだけど、いつもよりもチームの人たちと過ごすのが楽しかった。人と接するよりも一人でいた方が楽しいと感じる僕が、この日は違った。


ふと特別な人間をやめてみたら、なんというか、目の前の世界が楽しそうに見えた。




特別でないことは、さびしいことではない。




「特別になりたい」をやめると、自分の好きなものが、分かるようになる気がする。他人と共有できる、何かが増えてゆく。特別な自分の代わりに、周りにある、うつくしいものを、愛せるようになる。

あぁ、このことか!




大事なことに気付けた瞬間でした。